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天皇誕生日によせて [住職日梵より]

 今日は天皇誕生日。幼少の頃、亡き父に連れられて参った一般参賀を思い出します。​当時は先帝ご誕生の4月29日でした。とても沢山の人の列が連な​り手には日の丸。二重橋から皇居内に入りました。今思うと皇居の​中は伊勢神宮の内宮のような佇まいです。
 宮殿前ベランダを皆が見上げる。「間もなく天皇陛下がお出まし​になります」アナウンスが入る。それと同時に旗の音と人々の声。​球場やコンサートにで聞く歓声とは明らかに違う。まさに「歓喜の​声」でした。陛下がお話しになる御振る舞いを察知するや一瞬に静​寂、そして再び歓喜。
 ふと隣を見ると老父を支えながら参拝に来ている息子。私の父は​その息子さんの姿を見て目を潤ませていました。
 あれから30年以上経ちますが、拙僧は他界した父に親孝行がで​きただろうか。いつの日か父の位牌を抱いて一般参賀に上がりたい​。

謹んで今上陛下のご生誕をお祝い申し上げます。南無妙法蓮華経

滋賀県管内教師研修会 [菩薩団員雑記・日記・ひとこと]


滋賀県大津市 本要寺菩薩団 中紙倫子です。
先日、下記研修会に出席してまいりました[わーい(嬉しい顔)]
僧侶はじめお寺に関わる者にとっては、非常に勉強になる講演を
拝聴する機会に恵まれました[ぴかぴか(新しい)]
ご覧ください[わーい(嬉しい顔)]



昨日(12月3日)滋賀県管内教師研修会という
会合に行ってまいりました。
教師研修会(※1)ですが、寺庭婦人(※2)も是非どうぞ、
ということが案内に記載されており、お上人(住職)が申込んでくれたようです。

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というのも、今回研修会で講演くださる方が、正木晃先生だったからです。
正木先生は宗教学者ですが、堅苦しい書物ばかりではなく
私のような素人でも読んでみたい、と手に取りたくなるような本も
出版されております。
そして、以前このブログでもUPしましたが、
曼荼羅塗り絵は、正木先生が監修されています[ぴかぴか(新しい)][グッド(上向き矢印)][ぴかぴか(新しい)]

お上人は、正木先生の著書を読んでいるので、
直に講演を拝聴できるというこの機会を大変に
喜んで心待ちにしていました[るんるん][るんるん]
私にも、為になるから是非参加した方が良い、と
申込みをしてくれたようです。

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今回講演してくださった内容が
『元気なお寺の作り方
~求められる寺院の公益性と僧侶の品格とは~
でした。

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正木先生は宗教を哲学的には捉えていらっしゃいません。
ですから信仰というものを頭で捉えるのではなく、
心で捉えているのだな、と感じました。
私のような素人でも、とても分かりやすかったです。
2時間ほどの講演はあっという間で、正直、もっと
色々お話を聞きたいと思うほどでした[ぴかぴか(新しい)]




正木先生が信仰心のある方なので、お檀家さんが
お寺に対し何を望むのか、どう思うのか、どう見ているのか、
どう感じているのか等々、率直な意見を伺うことができたのは、
参加したお上人方、寺庭婦人にとっても、
非常に勉強になる良い機会だったと思います[わーい(嬉しい顔)][ぴかぴか(新しい)]


お寺ならではの悩みや個々が抱えるストレスというものは、
檀信徒の皆さんには見せないように努めていますが、
そういうことも全て踏まえた上で、
耳の痛い話から、参考にするべき話まで色々と
お話しくださったので、大変に納得のいく講演でした[わーい(嬉しい顔)]

これからも、よりよいお寺作りをする為に、
活かしていきたいと思います[ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)]



講演後は懇親会の席が設けられていました。
そういう席でもお上人方は先生に色々とお話を
伺っていました。

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うちのお上人にいたっては、本を持参し、先生に
サインを頂戴していました[わーい(嬉しい顔)][たらーっ(汗)]

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余談ですが、正木先生はとても達筆でいらっしゃいます[ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)]
何の根拠もありませんが、その字に先生のポリシーを
感じてしまいました[るんるん]
やはり先生に限りませんが、
人に何かを話すとか、諭すとか、その内容に説得力を持たせるためには、
自分自身をきちんと律していないと、言葉だけでは伝わらないものです。
律していない方の言葉は、非常に薄っぺらいです[もうやだ~(悲しい顔)]
私はそう思うので、先生の字は人を惹き付ける字でもあるなぁ[ぴかぴか(新しい)]と感じました[るんるん]

昨日は本当に勉強になりました。
ご報告まで[わーい(嬉しい顔)]



※1・・・教師研修会

   日蓮宗では僧侶の資格を持つ人を教師と言い表します。
   僧侶の研修会、ということですね[わーい(嬉しい顔)]
   お坊さんも勉強会をするんですよ[るんるん]



※2・・・寺庭婦人(じていふじん)

   日蓮宗では、お寺の奥さんのことを寺庭婦人と言い表します。


全国檀信徒青年会管区代表者会議② [菩薩団活動報告]


滋賀県大津市 本要寺菩薩団 中紙倫子です。

少し間が空きましたが、
全国檀信徒青年会管区代表者会議の二日目ご報告。



11月20日(二日目)は、8時過ぎには宿泊先を出発し、
一路、大田区池上にある日蓮宗大本山 本門寺へ[バス]


9時から本門寺大堂において出席者・宗務役職員の皆さん、
お上人方と共に、朝のお勤め(お経を読むこと)をいたしました。
本門寺の酒井貫首猊下(※1)がお出ましくださり、
私たちに分かりやすくお話をしてくださいました[わーい(嬉しい顔)]
本門寺の朝のお勤めでは(総本山である身延山も勿論ですが)
法要が始まるときに大太鼓が鳴るのです。
それが鳴ると体の隅々まで響き渡るので、
気分もスカッとして気持ちが良いものです[ぴかぴか(新しい)]
お勤めの後は、大堂前にて参加者の記念撮影[カメラ]

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私は背も高いし、写真に写るのも好きではないので、
「どうぞ、どうぞ」
って場所を譲って一番後ろを確保したのですが、
譲りすぎたようで、私の前にいる男性などの間だから
顔を覗かせるのに苦労し、カメラマンさんにも
「もうちょっと左に。右に[あせあせ(飛び散る汗)]
と言われ結局、私のせいで少し時間がかかってしまったような
感じがして、間が悪いというかなんというか・・・
私の人生って、いっつもこんな感じだなぁ[もうやだ~(悲しい顔)]とか
思いながら写真に写りました。



写真撮影後は、宗務院まで移動しました。
前日に親しくなった方たちと和気藹々[るんるん]
こういう仏縁て、有り難いです[ぴかぴか(新しい)]

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写真は、守岡さんと京都府京丹後市にある妙源寺の
お檀家さん達です[ぴかぴか(新しい)]
妙源寺さんでは、お会式に万灯をされるそうで、
本要寺・法華寺の両菩薩団も、いつか万灯を・・・
という想いがあるので、お話ももっと伺いたかったなぁ[ぴかぴか(新しい)]




宗務院へ行き、10時30分より、
【被災地からの報告】と題して、実際、東日本大震災に遭われ、
大切なご家族を亡くされた布施秀弥氏より、
当時の話を直接うかがう縁をいただきました。



今までメディアを通じて様々な話もありました。
私も家族同様に親しくしている宮城県登米市のお上人家族や、
母の実家が宮城県栗原市にあるので、従姉妹からも
電話で話などは聞いておりましたが、
やはり直接お話を伺うと全く違うのです。
こみ上げてくる感情を抑えられない。
コントロール出来なくなってくるのです。

布施さんが当時の様子を克明にお話ししてくださるのですが、
涙が溢れそうになるのを堪えて、平常心を保つように努力して
話を聞かせていただきました。



当事者の布施さんにとって、愛娘 莉桜ちゃんを亡くされた当時の
話をすることは、どれほど大変なことだろう。
苦しいことだろう。
気持ちを整理しながら、言葉を選びながら、私たちに一所懸命に
伝えようとしてくれている。

時に声を震わせ、一言一言を振り絞るように
話してくださるその姿を見ていたら、聞いている私たちが
泣いている場合ではないと、そう思ったのです。

しっかりと一言残さず聞くことが、一番大切なことだと
思えばこそ、自分の感情をコントロールして、布施さんの話に
集中するようにしました。



布施さんは震災時、家から離れた会社におられ、地震直後に
奇跡的に奥様と連絡が取れたときは、家族全員無事だと言われ、
家も車も何もかも失ったとしても、家族が生きていてくれたのなら
そうれで十分だと思ったそうです。

それでも直接家族に会うために、長い道のりを、長い時間をかけて、
なんとか避難場所まで辿り着いたとき、娘さんの友達に会い、
「莉桜ちゃん、いなくなったってよー」
と言われたそうです。
地震後に避難所へ向かう途中、大津波にさらわれてしまったのです。
生きていると信じて疑わなかった家族が、しかも愛娘の
行方が分からないと知ったときの気持ちは、
私たちでは計りしれません。


大津波に流された人でも助かった話も聞いていたし、
望みを持って他の全ての避難所を一所懸命回ったり、
ここには居ないで欲しいと願いながら遺体安置所へ行ったり、
それでも見つからなかったそうです。
日にちばかりが経過し、それでもどこかで娘は生きている、
生きていて欲しいと願いながら探していたのだそうです。



そんな折、やはり娘はここにいる、と思い、
家族が身を寄せていた避難所である小学校を探すことにしたそうです。
重機もご自身で手配し、色々と津波で流されてきた物をどかしながら
探していったそうです。
そうしたら、校舎裏から莉桜ちゃんのご遺体が見つかったそうです。



家族が避難していた小学校に、莉桜ちゃんもずっと居たんだなぁ、と。
震災当日から、ずっと一緒にいたんだなぁ。
父と娘に繋がっている何かが莉桜ちゃんの発見に至ったのだなぁ、と
思うと、もう溢れる涙を止めることは出来ませんでした。



今も尚、行方不明の方が多い中、こうして莉桜ちゃんを最後に
その胸に抱くことができ、本当に良かったと心からそう思いました。



だいぶ、かいつまんで話をここに記載いたしましたが、
布施さんが仰るには、震災直後から継続的に支援をしてくれた方々に
感謝をしておられました。
そして東北はもう冬のような寒さだというのに、復興は遅々として進まず、
被災地では暖をとるのに火を使うのは危ないからと、
湯たんぽなどが望まれているようです。



この震災は本当に継続しての支援が大切なのです。
私たちに出来ることは、ずっと続けていきたいですね。
被災地に心を寄せて、私たちの心の故郷でもあるのですから。



布施さんの公演が終わったあと、莉桜ちゃんのためだけに、
皆で一心にお経を唱えました。
今まで被災地へ数え切れないほどのお経をあげてきました。
それでも、その時だけは布施莉桜ちゃんのためだけに
皆でお経を上げさせていただきました。



莉桜ちゃんは、今年の春から小学生になる予定でした。
ランドセルを買って、小学校生活を楽しみにしていたそうです。
莉桜ちゃんを亡くした悲しみを抱きつつ、奥様は無事、
新しい命をこの世に送り出してくれたそうです。
莉桜ちゃんには、お姉ちゃん、そして新たに妹が家族として
加わったのですね。



今回、宮城県からお越しくださり、私たちに大事な話を
してくださいました布施さんに、心より感謝申し上げます。



その後、この会議を主催した委員会の委員長から総括があり、
閉会しました。



今回、私たちは青年会をより実りある会にするために、
全国の皆さんの話を伺うつもりで参加しましたが、
それよりももっと大切な思いを戴くことが出来たと思います。



最後、会議をした講堂を去る前に、この思いを抱きながら。
守岡さん、住職、吉本さんです。

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※1・・・貫首
  一般寺院は住職という呼称ですが、本山の住職さんにあたる
  方のことを、貫首(かんじゅ)さんとお呼びします。

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